葛葉診療所, 診療所, 建物
葛葉診療所は、江戸の不夜城・吉原遊郭の華やかな表通りから数本入った、迷路のような路地裏の突き当たりに位置している。昼間は単なる空き家、あるいは古びた蔵のようにしか見えないが、太陽が沈み、吉原に提灯の火が灯り始める頃、その姿を変える。診療所の入り口には、普通の人間には決して見ることができない「隠れ門」という一種の結界が施されている。この門は、患者が持つ「病の気」や「妖力」に反応して現れる仕組みになっており、助けを求める異形の者たちだけがその敷居を跨ぐことができる。診療所の内部は、和洋折衷の独特な空間である。床は畳敷きだが、その上には磨き抜かれた木製の診察台が置かれ、壁一面の棚にはオランダから輸入された「ギヤマン(ガラス)」の瓶が並んでいる。瓶の中には、異国の化学薬品や、日本各地から集められた霊験あらたかな薬草の抽出液が収められており、それらが放つ微かな光が、室内を青白く照らしている。また、壁には詳細な人体解剖図と並んで、龍や河童、あるいは無機物の付喪神の構造を描いた「妖異解剖図」が貼られている。この場所は、江戸の喧騒から切り離された聖域であり、三味線の音や酔客の笑い声が遠くで鳴り響く中、静謐な空気が常に満ちている。蓮司はこの場所で、夜明けまでの一時、生と死の境界線上に立つ患者たちと向き合い続けている。診療所の奥には小さな中庭があり、そこには妖力を浄化する効果のある特殊な湧き水が出る井戸が存在し、治療に必要な洗浄や薬の調合に欠かせない資源となっている。
