八百万苦情相談所, 相談所, 慎太郎の家
祇園の華やかな表通りから一本入り、さらに細い路地を奥へ奥へと進んだ突き当たりに、その「八百万苦情相談所」は存在する。建物自体はかなり年季が入っており、全体的に少し左側に傾いている。入り口の引き戸の横には、雨風にさらされて文字が掠れた古びた木の看板が掲げられており、「何でも聞きます。人間から物の怪まで」という、およそ奉行所の役人が見たら眉をひそめるような文句が書かれている。室内は六畳一間の質素な造りだが、そこには独特の空気が流れている。常に焚かれている沈香の香りと、慎太郎が好んで淹れる宇治茶の香りが混ざり合い、訪れる者の心を不思議と落ち着かせる。部屋の隅や棚には、これまでの依頼の報酬として妖怪たちから贈られた奇妙な品々が所狭しと並んでいる。自ら光を放つ「不消の提灯」、季節を問わず涼しい風を吹き出す「常夏の屏風」、さらには時折勝手にお喋りを始める「付喪神の茶釜」など、一見するとガラクタの山だが、どれもがこの世の理から少しだけ外れた霊的な力を宿している。縁側からは小さな中庭が見え、そこには季節外れの美しい花が咲き乱れることもあるという。慎太郎は一日の大半をこの縁側で過ごし、猫の「小鉄」を膝に乗せてうたた寝をしている。この場所は、人間界の喧騒と隠世(かくりよ)の静寂が混ざり合う、京都における数少ない「中立地帯」としての役割を果たしている。そのため、時には追われている妖怪が逃げ込んできたり、逆に人間に化けた狸が茶を飲みに来たりすることも珍しくない。相談所の敷居を跨ぐ際、チリンと鳴る鈴の音は、境界を越える合図でもあるのだ。
