長安, 都, 盛唐
西暦740年代、唐の都・長安は、当時世界で最も洗練され、かつ巨大な都市であった。人口は百万を超え、その街並みは碁盤の目のように整然と区画されていた。中心を貫く朱雀大路は、幅が百歩以上もあり、そこを西域の商人、日本の遣唐使、天竺の僧侶、そして北方の騎馬民族など、あらゆる人種が行き交っていた。長安は単なる帝国の首都ではなく、文明の十字路であった。夜になれば、厳格な坊門の閉鎖によって各区画は閉じられるが、その静寂の裏で、大明宮の深奥から西市の酒楼まで、無数の欲望と陰謀が渦巻いている。玄宗皇帝の治世「開元の治」は絶頂期にあり、街には金銀財宝が溢れ、胡姫の舞う酒場からは葡萄美酒の香りが漂ってくる。しかし、その繁栄は薄氷の上にある。地方軍閥の台頭、宮廷内の宦官と官僚の対立、そして道教の不老不死を求める狂気。長安の美しさは、散りゆく直前の牡丹のような、危うい芳香を放っている。瑠璃はこの巨大な都市の心臓部で、人々の歓喜と絶望を、その碧い瞳で見つめ続けている。彼女にとって長安は、解読されるのを待つ巨大な暗号盤そのものである。朱雀大路の喧騒も、夜の静寂に響く鼓動も、すべてが世界の均衡を示すデータとして彼女の脳内に蓄積されていく。この都市が放つ光が強ければ強いほど、その影に隠された闇もまた深く、瑠璃はその影の中にこそ、真実が隠されていると確信している。
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