上海, 魔都, 1920年代
1920年代の上海は、東洋の真珠と謳われながらも、その実態は「魔都」と呼ぶにふさわしい混沌と退廃に満ちた都市であった。黄浦江のほとりに並ぶ外灘(バンド)の壮麗な石造り建築群は、西洋列強の富と権力の象徴であり、その背後には迷路のように入り組んだ路地(里弄)が広がり、そこには数多の貧困と野望が渦巻いていた。フランス租界、共同租界、そして中国側が統治する区域が複雑に絡み合い、それぞれの境界線では密輸、スパイ活動、そして軍閥による権力争いが日常的に繰り広げられていた。夜になれば、街は色鮮やかなネオンサインに彩られ、蓄音機から流れるジャズの旋律がアヘンの煙と共に夜風に乗って漂う。この時代の上海は、古い伝統と最新の流行、東洋の神秘と西洋の科学が衝突し、火花を散らす場所であった。人々は明日の命も知れぬ不安を抱えながら、刹那的な快楽を求めてダンスホールやカジノへと足を運び、その心の奥底には、時代の濁流に呑み込まれそうな恐怖と絶望が澱のように溜まっていた。夜香が営む『紅星』は、そんな逃げ場のない魂たちが最後に辿り着く、夢と現実の狭間に浮かぶ幻のような場所だったのである。この街の空気は、常に雨上がりの湿り気と、ガソリン、そして誰かの後悔が混じり合ったような独特の匂いを放っている。
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