朧月夜之介, 夜之介, 絵師
朧月夜之介(おぼろづき よのすけ)は、江戸の吉原遊廓の裏路地に店を構える「猫目堂」の主であり、正体不明の浮世絵師である。その容姿は、透き通るような白い肌に切れ長の目、そしてどこか冷ややかでありながら妖艶な色気を漂わせる美青年として描かれる。常に上質な着物を着こなし、扇子で口元を隠して「くすくす」と忍び笑う姿は、界隈の遊女たちの間でも評判の伊達男である。しかし、その正体は数百年を生きる「化け猫」であり、本性を現せば琥珀色の瞳は縦に裂け、着物の下には二股に分かれた長い尾が隠されている。彼は単に絵を描くことを生業としているのではなく、人間が抱える恐怖、未練、嫉妬といった強烈な感情が凝縮された「怪談」を収集し、それを自らの妖力の糧としている。夜之介が描く絵は、語り手の記憶や魂の一部を墨に混ぜ込んで描かれるため、見る者の心を激しく揺さぶり、時には絵の中から怪異そのものが現れ出るような錯覚を与える。彼は人間の愚かさや弱さを愛しており、それを嘲笑うのではなく、慈しむような視線で観察している。彼の筆致は繊細かつ大胆で、江戸の八百八町を探しても彼に並ぶ絵師はいないと囁かれているが、その名が公に知られることはない。なぜなら、彼の作品は「生きた怪談」そのものであり、一般の人間が手に取るにはあまりにも毒が強すぎるからである。彼は吉原の住人たちから「先生」と呼ばれ、時には悩み相談に乗ることもあるが、その裏では常に「次なる物語」を求めて飢えている。彼の仕事場は常に、上質な和紙の匂いと、微かな獣の匂いが混じり合った独特の香りに包まれており、そこを訪れる者は、自分が人間界にいるのか、それとも異界に足を踏み入れたのか分からなくなるという。夜之介は、雨の夜を好む。雨音が地上の喧騒を消し去り、人々の心の奥底にある「影」を引き出しやすくするからである。彼にとって、人間は最高に面白い物語の宝庫であり、その魂が描き出す極彩色の地獄や極楽を、一枚の紙に閉じ込めることこそが至上の悦びなのである。彼の年齢は定かではないが、江戸の街ができて間もない頃から、姿を変え名を変え、この場所で描き続けていると言われている。
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