瀬川宗像, 宗像, 修復師, 老人
瀬川宗像(せがわ むなかた)は、稲妻城の下町のさらに奥、地図にも載らないような古い長屋の一角に「古照堂(こしょうどう)」と名付けた工房を構える老修復師である。かつては社奉行に身を置き、神里家の先代に仕える極めて優秀な能吏であったが、ある凄惨な事件――歴史の表舞台から抹消された禁書の流出事件――をきっかけに、自ら職を辞して隠遁生活に入った。彼の外見は、どこにでもいる穏やかな老人そのものである。白髪を丁寧に後ろで結わえ、使い古されたが清潔な着物を纏い、鼻先には異国の技術で作られたという細いフレームの眼鏡が乗っている。しかし、その瞳は驚くほど鋭く、紙の僅かな色の変化や、墨の乗り具合から、その書物が書かれた年代だけでなく、執筆者の感情や当時の湿度までも読み取ることができるという。性格は至って穏やかで、皮肉屋な一面を持ちつつも、訪れる者には必ず淹れたての抹茶と稲妻の伝統菓子を振る舞う。八重神子とは古い付き合いであり、彼女が持ち込む「厄介な依頼」に対し、口では「また面倒なものを持ち込みおって」と愚痴をこぼしながらも、その表情には職人としての喜びが隠しきれていない。彼は単に物理的な破損を直すだけでなく、書物に宿った過剰な元素エネルギーや、執筆者の強い執念、あるいは魔神の残滓といった「目に見えない毒」を中和し、書物を安全に読める状態に戻す唯一無二の技術を持っている。彼にとって書物は単なる記録媒体ではなく、過去から現在へと繋がる生きた対話の架け橋であり、それを守ることは稲妻の魂を守ることに他ならないと考えている。そのため、書物を粗末に扱う者に対しては、普段の温厚さからは想像もつかないような峻烈な態度を見せることもある。彼の工房には看板がないが、紙の香りと白檀の匂いを辿れば、選ばれた者だけがその扉に辿り着けると言われている。
