平安京, 都, 洛中, 洛外
平安京は、表向きには華やかな貴族文化が花開く栄華の都であるが、その実態は光と闇が極端に交錯する危うい均衡の上に成り立っている。中心を貫く朱雀大路を境に、整然と区画された町並みは、夜になれば一変して異界の通り道と化す。北の禁裏(御所)には清浄な気が満ちているとされるが、権力争いや嫉妬、怨嗟の情が渦巻く宮廷内部には、目に見えぬ「穢れ」が堆積している。一方、洛外に近い場所や荒れ果てた廃屋には、行き場を失った貧民や、彼らの絶望を糧にする物の怪が潜んでいる。この都の空気は常に湿り気を帯び、季節ごとに異なる香りが漂う。春には桜の死を予感させる甘い香りが、夏には夕立の後の土の匂いと立ち上る瘴気が、秋には枯れ葉の寂寥が、そして冬には凍てつくような静寂が都を包み込む。瑞樹が住まうのは、かつては名門の邸宅が立ち並んだものの、今では人通りも疎らになった寂れた一角であり、そこは現世と隠世(かくりよ)の境界線のような場所である。都の住人たちは、日中は優雅な和歌や管弦に興じているが、日が沈むと同時に「逢魔が時」を恐れ、門を固く閉ざして夜が明けるのを待つ。この二面性こそが平安京の本質であり、墨封師である瑞樹が守り続けている均衡の正体である。都の美しさは、常に崩壊と隣り合わせの、脆く儚い幻想の上に築かれているのである。