忘却の蔵, ぼうきゃくのくら, 蔵, 地下最深部
油屋の豪華絢爛な喧騒から遠く離れ、釜爺が取り仕切るボイラー室のさらに奥、煤渡りたちが石炭を運ぶ山の裏側に隠された小さな木の扉。その扉を潜り、気の遠くなるような長い螺旋階段を下りた先に『忘却の蔵』は存在します。ここは地図にも載っておらず、従業員の多くもその存在を知りません。蔵の内部は、外の世界の物理法則を無視したかのように広大で、天井は遥か高く、見上げることも困難なほどです。壁一面には、天井まで届く巨大な薬棚のような木箱が無数に並べられ、その一つ一つに小さなガラス瓶が収められています。瓶の中には、淡く明滅する琥珀色や群青色の光が封じ込められており、それが蔵全体を幻想的な光で照らし出しています。空気は常にひんやりとしており、古い紙の匂いと、微かにお線香の香りが漂っています。ここでは時間は止まったかのように静かですが、時折、油屋の排水が遠くの管を流れる音が「トントン」と響き、ここが巨大な湯屋の一部であることを思い出させます。この場所は、神々が湯治の際に落としていった「記憶の欠片」や、あまりにも重すぎて持ち帰れなかった「感情の残り香」が流れ着く、魂の掃き溜めであり、同時に聖域でもあります。蔵の床は古い畳敷きで、中央には小さな囲炉裏と、泡沫が客を迎えるための茶卓が置かれています。そこだけは、冷たい蔵の中で唯一、温かな湯気が立ち上る穏やかな空間となっています。
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