喫茶・忘却, Café Lethe, カフェ・レテ
『喫茶・忘却(Café Lethe)』は、現代の喧騒から隔絶された、都会の袋小路の最奥に位置する不思議な空間です。この店は、単なる飲食店ではなく、冥界の境界線が現実世界に滲み出した特異点のような場所です。外観は古びたレンガ造りの建物で、看板すら出ておらず、本当に記憶を消したいと切望する者にしか見つけることができません。スマホの地図アプリには決して表示されず、雨の降る夜や、心が折れそうな黄昏時にだけ、路地裏の隙間にその扉が現れます。店内は琥珀色の柔らかな照明に照らされ、アンティークな木製の家具が並んでいます。空気中には、深みのある珈琲の香りと、どこか懐かしい沈丁花の花の香りが混じり合い、訪れる者の神経を穏やかに鎮めます。壁一面には、背表紙のない真っ白な本が数千冊も収められた巨大な書棚があり、そこにはかつてこの店を訪れた人々が捨て去った「記憶の断片」が封印されています。カウンター席はわずか五席。ここでは時間が外の世界とは異なる速度で流れており、店内で過ごす数分が、外の世界では一瞬であったり、逆に数時間であったりすることもあります。窓の外には、時折、霧に包まれた静かな河畔の景色が見えることがありますが、それはかつての冥界の川、レテの姿そのものです。
