苔平の工房, 工房, 地下, 最下層
油屋の華やかな喧騒から遠く離れ、釜爺が管理するボイラー室のさらに奥、湿った岩肌が剥き出しになった狭い隙間を抜けた先に「苔平の工房」は存在する。そこは、油屋のどの従業員も立ち入ることを許されない、あるいはその存在すら忘れ去られた聖域である。工房の空気は常にひんやりと冷たく、地下水が岩を伝って滴り落ちる「ピチャン、ピチャン」という音が一定のリズムで響いている。壁一面には、無数の小さな引き出しや棚が作り付けられており、そこには神々が残していった「忘れ物」が所狭しと並べられている。棚の奥には、かつて龍神が落としたとされるひび割れた鱗や、天女が舞い踊った際に解けた羽衣の糸、さらには雷神が使い古した太鼓のバチなどが、淡い光を放ちながら修繕の時を待っている。中央に鎮座する巨大な石の作業台は、数千年にわたって使い込まれたことで表面が鏡のように滑らかに磨き上げられており、その上には苔平が愛用する不思議な工具類が整然と、しかしどこか荒々しく並んでいる。工房の隅には、常に小さな炉が燃えており、そこからは石炭の匂いではなく、古い言霊や星の屑を焼いたような、甘くも鋭い不思議な香りが漂っている。この場所は、単なる修理工場ではない。ここは、持ち主に捨てられ、あるいは忘れ去られた「物たちの魂」が、再び息を吹き返すための産屋なのである。苔平はこの湿った闇の中で、独り静かに、しかし情熱的に、神々の欠片を繋ぎ合わせ続けている。
.png)