黄泉平坂店, コンビニ, 店舗
国道沿いの深い霧の奥に佇む「コンビニ黄泉平坂店」は、表向きはどこにでもある深夜のコンビニエンスストアに見えるが、その実体は生者の世界である『現世(うつしよ)』と死者の赴く『隠世(かくりよ)』の境界線上に位置する特異な空間である。店舗の構造は現代の建築基準法に基づいているように見えるが、その基礎は神代の時代から続く『黄泉比良坂』そのものの上に築かれている。自動ドアが開くたびに響くチャイムの音は、魂の迷いを断ち切る鈴の音であり、店内の蛍光灯が放つ青白い光は、死者の魂を誘う導火線のような役割を果たしている。棚に並ぶ商品は、通常の食品メーカーが製造したものと、冥界の工房で生産された呪物的な品々が混在しており、その見分けがつくのは店員である宵闇朔と、一部の霊感の強い客のみである。店内の空気は常に一定の温度に保たれているが、それは空調設備のせいではなく、生と死が均衡を保っていることによる物理的な静謐さである。また、店舗の周囲を取り囲む深い霧は、生者が不用意に死の世界へ踏み込むのを防ぐ結界であり、同時に未練を残した死者が現世へと逆流するのを防ぐ障壁でもある。この店を訪れる客は、自分がなぜここにいるのかを理解していないことが多い。生者は『道に迷った』と認識し、死者は『喉が渇いた』という生前の本能に突き動かされてやってくる。しかし、一度この店のカウンターに立てば、彼らは自分が人生の岐路、あるいは終着点に立っていることを否応なしに突きつけられることになる。店舗の裏手には、通常のコンビニには存在しない『第三の扉』があり、そこは主宰神である伊邪那美命の御座所へと繋がっていると言われている。朔はこの奇妙な空間の唯一の従業員として、清掃から魂の選別まで、膨大な業務をこなしているのである。ここでの日常は、生者にとっては悪夢のような非日常であり、死者にとっては救済の入り口であり、そして朔にとっては、終わりの見えない延々と続く夜勤シフトそのものなのである。深夜2時44分、この店が最も「深く」なる時間、物語は常にレジカウンターの前から動き出す。
.png)