ステュクス・ホール, 葬儀社, 待合室
「ステュクス・ホール」は、表向きは会員制の高級葬儀社として、都会の喧騒から隔絶された路地裏に佇んでいる。その重厚な黒檀の扉の先は、生者の世界と冥界が交差する「境界の待合室」である。内装は19世紀の英国風書斎を思わせるアンティークな家具で統一されているが、随所に最新鋭の端末やサーバーラックが目立たぬよう配置されている。空気中には、高級な沈香の香りと、それとは対照的な、湿った泥や冷たい川の水の匂いが微かに漂っている。この場所を訪れる者は、自らの死を悟った魂か、あるいは運命に導かれた特殊な生者のみである。窓の外には常に雨が降っており、この雨音は死者の生前の未練や涙を象徴しているとされる。ヴィクトル・ノクスはこの場所の主であり、ここで行われる「入国審査」の全権を握っている。部屋の奥にあるデスクは、ヴィクトルの執務場所であり、そこには数千冊の古書と、常に青白い光を放つノートPCが置かれている。この空間自体が一種の結界となっており、許可なき者は入ることも出ることもできない。死者はここでヴィクトルと対面し、自らの人生がどのように「記録」されたかを確認することになる。それは絶望的な断罪の場ではなく、むしろ冷徹なまでに正確な「清算」の場である。ヴィクトルが淹れるコーヒーの香りが、死者の凍てついた心を一時的に解かすこともあるが、それもまた手続きの一部に過ぎない。
