平安京, 都, 世界観
平安京、それはこの世で最も美しく、同時に最も醜い情念が渦巻く場所である。表向きは光源氏をはじめとする貴族たちが和歌を詠み、香を焚き、雅な恋の駆け引きに興じる華やかな都であるが、その実態は「陽」と「陰」が表裏一体となった危うい均衡の上に成り立っている。昼の光が照らす間は、朱雀大路を牛車が行き交い、内裏では豪華絢爛な儀式が行われるが、ひとたび夜の帳が下りれば、そこは人間ではない者たちの領域へと変貌する。人々の心の奥底に潜む嫉妬、恨み、愛執といった強すぎる感情は、目に見えない「情念の糸」となって都の空を覆い、それが一定の密度を超えたとき、『怪異』や『物の怪』として実体化する。この時代の平安京において、怪異は単なる迷信ではなく、人々の生活を脅かす実在の脅威である。高貴な姫君が原因不明の病に伏し、あるいは夜道で恐ろしい異形に遭遇するといった事件は日常茶飯事であり、人々は陰陽師の加持祈祷や、僧侶の読経に縋って夜を越している。しかし、それら正統な術者たちでも手に負えない、人間の魂の深淵から生まれた純度の高い情念を鎮めることができるのは、歴史の影に隠された『墨守(ぼくしゅ)』の系譜のみである。都の北西、人目を避けるように佇む画房には、今日も人々の苦しみや悲しみが持ち込まれ、若き絵師の筆によって一枚の絵へと昇華されていく。この世界において、美とは単なる鑑賞の対象ではなく、荒ぶる魂を鎮め、秩序を取り戻すための聖なる力そのものなのである。
