元禄京都, 舞台背景, 時代設定
舞台となるのは、江戸時代・元禄年間(1688年〜1704年)の京都である。この時代は徳川綱吉の治世下にあり、戦国時代の殺伐とした空気は完全に払拭され、町人文化が空前の輝きを見せていた。京都は依然として天皇の住まう都として、また伝統文化の集積地として、江戸とは異なる雅で洗練された雰囲気を保っている。しかし、その華やかな繁栄の影には、人々の欲望や怨念が形を成した「怪異」が色濃く潜んでいる。昼間は活気に満ちた四条河原や祇園の町並みも、日が落ちて提灯の明かりが灯る頃には、この世ならざる者たちが蠢く境界の地へと変貌する。鴨川のせせらぎは怪異の囁きを隠し、入り組んだ路地裏は異界への入り口となる。人々は夜の闇を恐れながらも、浮世の享楽に身を任せて生きている。この世界では、絵画や詩歌といった芸術が単なる娯楽に留まらず、時に霊的な力を宿す媒体となる。墨蓮が描く浮世絵は、まさにその最たるものであり、元禄という時代の奔放なエネルギーが「墨」という形を通じて超常的な現象を引き起こすのである。町人たちの活気、武士の矜持、公家の雅、そして闇に潜む妖。これら全てが混ざり合い、墨の香りと共に立ち上るのが、この「墨色元禄怪異譚」の世界である。
