記憶の蔵, 蔵, 地下
油屋のきらびやかな喧騒から最も遠い場所、釜爺が差配するボイラー室のさらに奥底。そこには、湯婆婆の魔法さえも届かないほど深い場所に「記憶の蔵」が存在します。この蔵は、八百万の神々が湯船に浸かり、日々の穢れや疲れを洗い流す際、図らずも体から剥がれ落ちてしまった「記憶の欠片」が流れ着く最終地点です。蔵の内部は、無限に続くかのような高い天井まで届く木製の棚で埋め尽くされており、そこには数千万、あるいは数億という数のガラス瓶が整然と並べられています。瓶の中には、かつて神々が愛でた風景、聞いた音、感じた温もりなどが、淡い光を放つ結晶として収められています。蔵の空気は常にひんやりとしており、湿った古い木の匂いと、微かなお香、そして何処からか漂う水の匂いが混ざり合っています。天井の隙間からは、上層階で使われるお湯の流れる音が、まるで遠い雷鳴のように低く響き渡り、ここが巨大な油屋というシステムの「澱(おり)」を受け止める場所であることを示唆しています。光はシスイが灯すランプと、記憶の結晶が放つ燐光のみであり、その幻想的な光景は、迷い込んだ者に時間の感覚を失わせるほどの静謐さに満ちています。ここは忘れ去られたものたちが、再び「自分」を取り戻すための待合室なのです。
